八極拳の歴史、李書文の技術と経歴、李氏八極拳の形成と猛虎硬爬山①

八極八卦練技拳社・東京板橋教室では、冬期、春期の新規練習生を募集しています。冬期、去年の年末から2月現在までの間に、新規の入会者は、5名です。


新しい練習生にも解りやすいように、当道場で練習している、八極拳と、名人である、李書文について、2回に分けて、簡単に説明したいと思います。


八極拳は、古名を把子拳とも呼ばれ、18世紀に清代の中国河北省滄州の回族の居住地であった孟村で発達した中国伝統の武術の一つです。


また、半歩拳法という別名も持っています。


八方の極遠にまで達する威力で敵の門(防御)を打ち開くとも言われ、中国武術の中でも破壊力の高い武術だと言われています。


八極拳の起源については、多くの説がありますが、一番有力な説は、18世紀に河北省滄州のイスラム教を信仰する、回族の居住地である、孟村の呉鐘(ごしょう)がこの武術を授かったとされています。


有力な記録では、滄州地方の郷土史をまとめた、「滄県志」の一項目「人物志-武術」に記載されています。


これには、呉鐘が癩(らい)と名乗る道士から、この武術を学んだと記されているようです。


癩は、呉鐘へ武術を授けると、いずこかへ去り、その後、癩の弟子と称する癖(へき)と名乗る道士が、呉家を訪れ、大槍法(六合大槍)と八極秘訣という文書を一巻授けたと言われています。


八極拳は、初めは、孟村の回族を中心に伝えられていましたが、漢族の住む羅疃へも伝わりました。


やがて、孟村の回族の系統と、羅疃の漢族の系統に分かれて伝えられるようになりました。


漢民族に伝わった系統の伝承者では、李書文や、馬英図などが有名です。


また、近年、南京中央国術館が、正課としたことにより、中国全土に普及し、軍隊にも採用され、軍隊用八極拳とも言われました。


八極拳は、羅疃出身の李書文と孟村出身の馬英図などが有名です。


特に、神槍とも呼ばれた、李書文は比武(決闘)を好み、激しい気性の人物だったとも言われており、彼に関する逸話は、過激なものが多いといえます。


しかし、この、神槍・李書文の活躍によって、八極拳は、有名になったとも言えます。


彼は、他流試合において、ほとんどの敵を、牽制の一撃で倒し、「二の打ちいらず、一つあれば事足りる」と歌われるほどの名人でした。

次回に続く!!






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