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zoom RSS 八卦掌の技法!!「宮宝田」派の八卦掌!!「紫禁城」を守った武術!!

<<   作成日時 : 2015/03/20 00:01   >>

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八卦掌を創始した人物は、「董海川」だと言われています。「董海川」には、二人の高弟がいました。「尹福」と「程廷華」です。


「尹福」は、「紫禁城」で皇帝を護衛する部署であった「護院」の長を勤めていました。


この「尹福」には、多くの弟子がおり、その高弟に「宮宝田」がいました。


当流に伝わっている「八卦掌」は、この「宮宝田」の系統のものです。


「宮宝田」は、師である「尹福」が勤めていた、「護院」の長の職を受け継ぎました。


伝統的な中国武術には、日本の武術と違い、世襲制のような概念は希薄です。


そのため、清朝末期の時代までは、武術の技術は、能力の高いものに継承されてきたといえます。


また、当時の中国文化圏では、体面を強く意識する風潮があったようです。


そのため、皇帝の住む「紫禁城」を護衛するような、誇り高い仕事を受け継ぐためには、高い能力が必要であり、「尹福」自身に高い実力を認められる必要があったと思われます。


体面を重視する、当時の文化圏では尚更で、自身や門派の不名誉となる可能性がある為です。


「宮宝田」が「尹福」の後をついで「護院」の長の職に就くことが出来た事から、少なくとも当時の「尹福」の弟子の中では、トップクラスの実力であったのではないかと思われます。


また、「宮宝田」は、清朝が倒れた後、武術の腕を買われて、当時の高級軍人であった「張作林」の軍の武術教官を勤め、後に「張作林」自身のシークレットサービスも勤めました。


この「宮宝田」派の「八卦掌」にも、大きく分類して、二種類の系統が存在します。


「護院」内部や軍関係に伝えられた系統と、民間に伝わった系統です。


当流に伝わる「宮宝田」派の「八卦掌」は、前述の「護院」内部や軍関係に伝わってきた系統だと言えます。


また、前述の通り、この「宮宝田」派の「八卦掌」の一部は、「紫禁城」内で皇帝を護衛していた部署である「護院」内部で継承されてきたと言えます。


「尹福」や「宮宝田」が警護していたのは、「紫禁城」の中でも中心部の、皇帝が生活していた場所に近かったと言われています。


当時の中国では、皇帝は天帝(現代日本でいう神様)と同一視される程、神聖な人物と認識されていました。


そのため、皇帝の近くを「刀」や「槍」のような、大きな兵器(武器)は持ち運べませんでした。


また、「紫禁城」の中心部まで侵入出来る飛族(盗賊)や暗殺者がいたとしても、持ち運べる兵器は、せいぜい短い「刀」の類であり、「護院」での仮想敵も、それを想定していたと思われます。


そのため、通常の兵器以外に、「鳶鴦鉞」や「點穴針」のような「暗器」(隠し武器)の技術が発達しました。


また、当流には「紫禁城」内部のような環境で運用するのに適した「軽功」の訓練法も、一部伝わっています。


このように、当流の「尹福」から「宮宝田」に伝えられた「八卦掌」は、「紫禁城」内部における護衛術を内包していると言えます。


また、「八卦掌」という門派の多くは、「紫禁城」内や、都市部で発達してきたものが多く、当流の「宮宝田」派の「八卦掌」も含めて、それらの環境に適応した技術だと言えます。


前述のように、中国武術は、古代から「清朝」までの中国文化圏において発展しました。


「八卦掌」も、「清朝」の末期に成立した武術です。


当時はまだ、古代から続く中国文化の影響が根強く、初期の「八卦掌」は、その文化圏の「紫禁城」内にて発達したと言えます。


当時の中国文化圏では、前述のように、「皇帝」は、「天帝」の代弁者という、神聖な立場と位置付けされていました。


「天帝」とは、現代日本でいう「神」の事です。


どちらかというと、キリスト教における「God」と似た位置付けだと言えます。


また、中国文化圏では、「天帝」とは別に「神」と呼ばれる存在があります。


これは、歴史上、或いは、何らかの状況下で、高い功績を挙げた人物が、死んでから「社」に祭られた場合に、こう呼ばれます。


また、伝説上の人物なども、「神」と呼ばれます。


中国でいう「神」とは、現代でいう「偉人」や、キリスト教でいう「聖人」に近いかもしれません。


因みに、「三国志」で有名な「関羽」や、「西遊記」の「孫悟空」も、この「神」の一人とされています。


「皇帝」も上記の「神」に近い存在として、当時の人間からは、認識されていました。


このような環境下の、「皇帝」の近くで、護衛業務を行ってきた人間達が使っていた武術の一つが「八卦掌」です。


そのため、前述のように、「皇帝」のような「聖人」の近くでは、「刀」や「剣」などの通常兵器は使えませんでした。


「八卦掌」は、このような制限された環境下でも、戦えるように工夫されて、成立した武術だと言えます。


〈参考〉
某大学の「東アジア文化史」の講義より。





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